この国の義務教育は小学校・中学校の9年間で大人の仲間入りを果たすことになっている。それに関して特に異論があるわけではないのだが、15歳で社会に出て行く者もいれば、進学してさらに学力に磨きをかける者と様々である。要するに高校・大学とステップアップするしないは基本的に個人の自由というわけだ。しかし、ここに疑問を抱いてしまう。国の方針の下、われわれは義務教育を受けるのだが、この課程を修了した者に対する処遇があまりにもひどいと感じるのは気のせいだろうか。
民間企業が高学歴の人材を求めるのは自由競争の世界ではある意味、正常な状態なのかもしれないが、国家公務員や地方公務員といった国や地方の仕事をする側の人材に対して、高学歴者を優先的に採用するというのは納得がいかない。特に中央官庁に至っては、最終学歴が中学卒業では選択する権利もないのは絶対におかしいと思う。義務教育しか受けていなくても有能な人材は存在するし、大抵の場合はそういう人間は中小零細企業に就職してスキルアップを図ることを否応なしに求められるのが当たり前である。その為、同世代の人間よりも「社会的向上心」にいち早く目覚めることが多い。
現在に至っては、能力が無くても公務員試験にさえ合格してしまえば一生を保証され、どんな悪行を犯しても安定した収入を得ることが出来る。それも、国内有数の大企業以上の収入と退職金を約束されているのが公務員である。夢のような職業であるが、その仲間になるのは容易ではない。ごく限られた"階級"にのみ、なることが許されている世界である。これは、学歴社会を絶対と考える歪んだエリートたちが作り上げた負の遺産と言っても過言でない。一握りの政治家や、キャリヤ官僚といった"特権階級"に「安住」する者たちが、国民のために日々、汗水垂らして公務に勤しんでいるようにはとうてい思えないし見えない。ならばいっそのこと「一流大学出身者」で占める歪んだ官僚支配を一から見直し、この国の法律によって「義務教育修了者」にも、キャリア官僚への門戸を開いてみてはどうだろう。そして、すべての「公務員採用条件の中」に民間企業での職務経験を「3年〜5年経験した者」とし、狭い世界だけにとらわれない広い視野を持った人材を積極的に登用しなければ、誰のために公務を全うしなければならないのか、腐敗した組織を生き返らせるには、そこまでしなければ「真の公僕」の姿を取り戻すことは出来ないのではないだろうか。この国の政治家も腐敗しきっているが、高級官僚や公務員にはそれぐらいの「鉄槌」を振り下ろさなければならない時にきているのではないだろうか・・・

↑この記事を応援してくれる方はクリックしてください。
民間企業が高学歴の人材を求めるのは自由競争の世界ではある意味、正常な状態なのかもしれないが、国家公務員や地方公務員といった国や地方の仕事をする側の人材に対して、高学歴者を優先的に採用するというのは納得がいかない。特に中央官庁に至っては、最終学歴が中学卒業では選択する権利もないのは絶対におかしいと思う。義務教育しか受けていなくても有能な人材は存在するし、大抵の場合はそういう人間は中小零細企業に就職してスキルアップを図ることを否応なしに求められるのが当たり前である。その為、同世代の人間よりも「社会的向上心」にいち早く目覚めることが多い。
現在に至っては、能力が無くても公務員試験にさえ合格してしまえば一生を保証され、どんな悪行を犯しても安定した収入を得ることが出来る。それも、国内有数の大企業以上の収入と退職金を約束されているのが公務員である。夢のような職業であるが、その仲間になるのは容易ではない。ごく限られた"階級"にのみ、なることが許されている世界である。これは、学歴社会を絶対と考える歪んだエリートたちが作り上げた負の遺産と言っても過言でない。一握りの政治家や、キャリヤ官僚といった"特権階級"に「安住」する者たちが、国民のために日々、汗水垂らして公務に勤しんでいるようにはとうてい思えないし見えない。ならばいっそのこと「一流大学出身者」で占める歪んだ官僚支配を一から見直し、この国の法律によって「義務教育修了者」にも、キャリア官僚への門戸を開いてみてはどうだろう。そして、すべての「公務員採用条件の中」に民間企業での職務経験を「3年〜5年経験した者」とし、狭い世界だけにとらわれない広い視野を持った人材を積極的に登用しなければ、誰のために公務を全うしなければならないのか、腐敗した組織を生き返らせるには、そこまでしなければ「真の公僕」の姿を取り戻すことは出来ないのではないだろうか。この国の政治家も腐敗しきっているが、高級官僚や公務員にはそれぐらいの「鉄槌」を振り下ろさなければならない時にきているのではないだろうか・・・

↑この記事を応援してくれる方はクリックしてください。
| ホーム |
